本日は二姫の高校入学式に参列してきた。
さすがに私立だけあって設備がきれいである。
学食もある。
わが母校淳心学院を思い出す。
カレーライスは90円だった。
ここはカレーライスが300円、大盛りが400円。
世間から言うと安いな。
おっと、あまりに退屈だから携帯電話に出るふりをして会場から抜け出したが、これ以上うろうろしていると、細君にばれてしまう。
会場に戻った。
ああ、もう少しで終わる。
苦痛である。
二姫の晴れ姿を見ようとの思いはあったが、入場でチラと見えたらもう終わりだ。
広い会場ではどこにいるのか分からない。
急に4月のスケジュールが気になりカレンダーがないか見渡した。
体育館にあるはずがない。
あっても壁に掲示していて、遠くて見えないだろう。
携帯電話をわざわざズボンのポケットから出すほどでもない。
あっ!
そういえば、昔は腕時計のベルトに巻きつけるカレンダーがあったな。
あの軟鉄でできたような、指で折り曲げて取り付けるあれ。
確か生命保険会社のサービスで配っていていたようなあれ。
あれってどうなったのだろう。
最近見ない。
携帯電話の普及で廃止になってしまったのか。
そもそも欲しがる人が少なかったのか。
時代とともに消滅するものはいろいろあるけれど、あれなんて消滅したことさえ歴史に残らないのではないか。
いや、ひょっとしてまだ細々と残っているのか。
気になる。
まぁ、もしまだあったとしても、字が小さすぎて用をなさないが。
2008年4月6日日曜日
ミュンヘンへの道
昨日、姪っ子(小学校6年生)のバレーボール教室の見学に行った。
高校生と違い、さすがに見学に来ているお母さんがたは、若くて精神衛生上好ましい。
あまり期待せずに行ったのだが、案外みな上手くて驚いた。
バックトスなどもさまになっていて、ちゃんとバレーボールになっている。
サーブなど鋭く、私などちゃんとレシーブできるか怪しいものだ。
見慣れぬ私を怪しい男と思ったのか、お母さんがたが偵察を兼ねて休憩時間にはお茶まで出してくれて頗(すこぶ)る気分がよい。
何年か前にルールが変わって、サーブ権がなくても点数が入るようになった。
なんでも試合進行の迅速化と、ある程度終了時間が読めるようにとの配慮からそうなったと何かで読んだ気がする。
以前のルールでは、サーブ権がある側にしか点数が入らなかったから、サーブ権が変わるだけでなかなか点数が入らないことがあった。
しかし、それがバレーボールの魅力だったと思うのだが。
あのルールがなければミュンヘンオリンピックで伝説になった対ブルガリア戦での奇跡の大逆転はなかったであろうし、当然敗者復活で勝ち上がっての東ドイツとの決勝もなかったし、東京で銅、メキシコで銀に続いてのミュンヘンでの金もなかったと思う。
見学に来ている若いお母さんがたはそんなことは知る由もないだろうが。
北京オリンピックには間に合わないバレーボール少女たちを眺めながら、1972年のミュンヘンオリンピックを思い出すかつてのバレーボール少年に、最後にコーヒーが供された。
私は美味しくいただき、悠然と体育館を後にしたのだった。
ELT(Every Little Thing)の持田香織似のお母さんの顔を思い出しながら。
高校生と違い、さすがに見学に来ているお母さんがたは、若くて精神衛生上好ましい。
あまり期待せずに行ったのだが、案外みな上手くて驚いた。
バックトスなどもさまになっていて、ちゃんとバレーボールになっている。
サーブなど鋭く、私などちゃんとレシーブできるか怪しいものだ。
見慣れぬ私を怪しい男と思ったのか、お母さんがたが偵察を兼ねて休憩時間にはお茶まで出してくれて頗(すこぶ)る気分がよい。
何年か前にルールが変わって、サーブ権がなくても点数が入るようになった。
なんでも試合進行の迅速化と、ある程度終了時間が読めるようにとの配慮からそうなったと何かで読んだ気がする。
以前のルールでは、サーブ権がある側にしか点数が入らなかったから、サーブ権が変わるだけでなかなか点数が入らないことがあった。
しかし、それがバレーボールの魅力だったと思うのだが。
あのルールがなければミュンヘンオリンピックで伝説になった対ブルガリア戦での奇跡の大逆転はなかったであろうし、当然敗者復活で勝ち上がっての東ドイツとの決勝もなかったし、東京で銅、メキシコで銀に続いてのミュンヘンでの金もなかったと思う。
見学に来ている若いお母さんがたはそんなことは知る由もないだろうが。
北京オリンピックには間に合わないバレーボール少女たちを眺めながら、1972年のミュンヘンオリンピックを思い出すかつてのバレーボール少年に、最後にコーヒーが供された。
私は美味しくいただき、悠然と体育館を後にしたのだった。
ELT(Every Little Thing)の持田香織似のお母さんの顔を思い出しながら。
2008年4月5日土曜日
『赤穂民報』
播州赤穂に帰省している。
最新の『赤穂民報』(新聞に折り込まれる地元のフリーペイパア)に目を通した。
見出しにこうある。
~赤穂で初めての歩車分離信号設置~
意味が分からないので記事を読む。
なんのことはない、車の信号が赤になってから青を表示する歩行者専用信号を設置して歩行者の安全を図ることにしたとのことである。
まぁ、確かに赤穂市内では、なぜこんなところに信号があるのだ、と訝(いぶか)りたく場所がたくさんある。
そんな地域なので、いままで歩行者専用信号がなかったのは決して不思議ではない。
赤穂市の公式ホームページに、2008年2月末現在の人口は51,771人とある。
私の記憶に間違いがなければ、ここ40年ほど殆ど変化がない。
それくらいのどかな街なので、元来静かで安全なところなのだが、それでも車が増えてきたのか、お年寄りが増えてきたのかもしれない。
それにしても「赤穂で初めて~」は、衝撃的な見出しである。
30年ほど前、神戸YMCA予備校に通っていた頃、神戸に住む従兄弟が
「赤穂民報は面白いからたまには読ませてくれ」
と言ってきたので
「そうかなぁ」
と、思いながら一部渡すと、従兄弟は宝物を発見したように目を輝かせながら
「ほらほら、これ見てみぃ」
と、私に見せた。
「ほら、この広告!“赤穂に本格的パブ誕生”やって!わっはっはっはっ」
郷土愛の強い私であるが、その広告を笑う従兄弟を咎(とが)める気持ちは起きなかった。
最新の『赤穂民報』(新聞に折り込まれる地元のフリーペイパア)に目を通した。
見出しにこうある。
~赤穂で初めての歩車分離信号設置~
意味が分からないので記事を読む。
なんのことはない、車の信号が赤になってから青を表示する歩行者専用信号を設置して歩行者の安全を図ることにしたとのことである。
まぁ、確かに赤穂市内では、なぜこんなところに信号があるのだ、と訝(いぶか)りたく場所がたくさんある。
そんな地域なので、いままで歩行者専用信号がなかったのは決して不思議ではない。
赤穂市の公式ホームページに、2008年2月末現在の人口は51,771人とある。
私の記憶に間違いがなければ、ここ40年ほど殆ど変化がない。
それくらいのどかな街なので、元来静かで安全なところなのだが、それでも車が増えてきたのか、お年寄りが増えてきたのかもしれない。
それにしても「赤穂で初めて~」は、衝撃的な見出しである。
30年ほど前、神戸YMCA予備校に通っていた頃、神戸に住む従兄弟が
「赤穂民報は面白いからたまには読ませてくれ」
と言ってきたので
「そうかなぁ」
と、思いながら一部渡すと、従兄弟は宝物を発見したように目を輝かせながら
「ほらほら、これ見てみぃ」
と、私に見せた。
「ほら、この広告!“赤穂に本格的パブ誕生”やって!わっはっはっはっ」
郷土愛の強い私であるが、その広告を笑う従兄弟を咎(とが)める気持ちは起きなかった。
2008年4月4日金曜日
五七五
20歳も年長の大先輩Mさんに最近俳句の校正を頼まれるようになった。
五七五の限られた文字数で季語も入れなければならないため、なかなかにおもしろい。
昨日Mさんが泉岳寺に行かれた際、地下鉄泉岳寺駅から出てきた人に、泉岳寺までの道を聞かれたとのことで、教えてあげたことを句に詠もうとされていた。
“国訛(なま)り”という言葉も入れようとされていたので、道を聞いてきた人はおそらくMさんと同郷の九州の方だったのかもしれない。
泉岳寺は4月1日から義士祭(ぎしさい)が始まった。
浅野の殿様の命日の3月14日の旧暦に合わせているのだろう。
どことです こちらとですよ 義士祭(ぎしまつり)
義士祭は春の季語であるが、、、、
(><)素人が作るとこうなる。。。
それにしても時々俳句のことが心配になる。
何故なら基本的に俳句は17文字であるから、いつかは新作が生まれなくなってしまうのでないかと思うのだ。
スーパーコンピュータを駆使して、
あああああ あああああああ あああああ
から、始めて、50音を組み合わせていって
んんんんん んんんんんんん んんんんん
までで理論上は出尽くすはずだ。
勿論、字余りや字足らずも考慮しなければならないので、さらに増えるが、日本語として成立していなければならないので、かなりの句数は捨てることができる。
また季語も入っているかどうかで、メッシュがかけられる。
それでも、屹度(きっと)膨大な数になるのだろうな。
野畔(あぜ)の草 召し出されて 桜かな
特攻隊員と鹿児島の知覧で彼らを見守って特攻の母と呼ばれた鳥浜トメさんのことをモチーフにした『ホタル帰る』赤羽礼子・石井宏著(草思社)には、こう解説されている。
~平時であれば自分は一介の野の草だが、特攻兵に選ばれて桜になることができた、というこの辞世の句は、原田栞(しおり)少尉の作で、いま自筆の短冊が知覧の特攻平和会館に展示されている。~
私はこのように胸を衝き上げるような句に出会ったことがない。
俳句を50音の組み合わせだ、と考えること自体、無粋の極みだ。
五七五の限られた文字数で季語も入れなければならないため、なかなかにおもしろい。
昨日Mさんが泉岳寺に行かれた際、地下鉄泉岳寺駅から出てきた人に、泉岳寺までの道を聞かれたとのことで、教えてあげたことを句に詠もうとされていた。
“国訛(なま)り”という言葉も入れようとされていたので、道を聞いてきた人はおそらくMさんと同郷の九州の方だったのかもしれない。
泉岳寺は4月1日から義士祭(ぎしさい)が始まった。
浅野の殿様の命日の3月14日の旧暦に合わせているのだろう。
どことです こちらとですよ 義士祭(ぎしまつり)
義士祭は春の季語であるが、、、、
(><)素人が作るとこうなる。。。
それにしても時々俳句のことが心配になる。
何故なら基本的に俳句は17文字であるから、いつかは新作が生まれなくなってしまうのでないかと思うのだ。
スーパーコンピュータを駆使して、
あああああ あああああああ あああああ
から、始めて、50音を組み合わせていって
んんんんん んんんんんんん んんんんん
までで理論上は出尽くすはずだ。
勿論、字余りや字足らずも考慮しなければならないので、さらに増えるが、日本語として成立していなければならないので、かなりの句数は捨てることができる。
また季語も入っているかどうかで、メッシュがかけられる。
それでも、屹度(きっと)膨大な数になるのだろうな。
野畔(あぜ)の草 召し出されて 桜かな
特攻隊員と鹿児島の知覧で彼らを見守って特攻の母と呼ばれた鳥浜トメさんのことをモチーフにした『ホタル帰る』赤羽礼子・石井宏著(草思社)には、こう解説されている。
~平時であれば自分は一介の野の草だが、特攻兵に選ばれて桜になることができた、というこの辞世の句は、原田栞(しおり)少尉の作で、いま自筆の短冊が知覧の特攻平和会館に展示されている。~
私はこのように胸を衝き上げるような句に出会ったことがない。
俳句を50音の組み合わせだ、と考えること自体、無粋の極みだ。
2008年4月3日木曜日
NOVA
先日、訳(わけ)あって通勤定期を新たに買い求め、古い6ヶ月定期を駅の窓口に出した。
前日に改札の駅員に聞いたら、有効期間が1ヶ月以上残っているので、一部払い戻しができる筈で、翌日にみどりの窓口に行ってくれとのことだった。
それで行ったのだが、答えは
「払い戻しはありません。6ヶ月定期は割引率が高いですから、計算しましたけど、払い戻せませんね」
とのこと。
釈然としなかったが、JR相手に文句を言っても、モト国鉄なので埒(らち)が明くはずもない。
「あっ、そ。えっ?定期?処分しといて」
とだけ言って立ち去った。
6ヶ月で13万円くらいする定期である。
しかも、あと1ヶ月以上も乗れるのにである。
その定期をどこかに落とせば、不正ではあるが、確実にその人間はかなりの長距離を1ヶ月以上自由に乗り降りできる。
その「貨幣価値」がまだあるはずなのに、払い戻しゼロはどうにも腑に落ちない。
昨年だったか、英会話学校NOVAの回数券の残りの払い戻しが少なすぎるからもっと払い戻せと判決が出た。
結局NOVAは消滅してしまった。。
あの騒動を聞いていたとき、どうにもおかしいと思った。
大量に購入すれば安くなるのは資本主義の大原則だ。
それなのに、残ったものを払い戻してくれるのに、その額が安いというのは理不尽ではないか。
今回のJRの定期券に比べれば遥かに良心的だ。
なんか、NOVAに対する国策での摘発のような気がしてならない。
それにしても、定期券の払い戻しを期待して、そのお金で駅前グルメを狙っていたのに、本当に悔しい。
前日に改札の駅員に聞いたら、有効期間が1ヶ月以上残っているので、一部払い戻しができる筈で、翌日にみどりの窓口に行ってくれとのことだった。
それで行ったのだが、答えは
「払い戻しはありません。6ヶ月定期は割引率が高いですから、計算しましたけど、払い戻せませんね」
とのこと。
釈然としなかったが、JR相手に文句を言っても、モト国鉄なので埒(らち)が明くはずもない。
「あっ、そ。えっ?定期?処分しといて」
とだけ言って立ち去った。
6ヶ月で13万円くらいする定期である。
しかも、あと1ヶ月以上も乗れるのにである。
その定期をどこかに落とせば、不正ではあるが、確実にその人間はかなりの長距離を1ヶ月以上自由に乗り降りできる。
その「貨幣価値」がまだあるはずなのに、払い戻しゼロはどうにも腑に落ちない。
昨年だったか、英会話学校NOVAの回数券の残りの払い戻しが少なすぎるからもっと払い戻せと判決が出た。
結局NOVAは消滅してしまった。。
あの騒動を聞いていたとき、どうにもおかしいと思った。
大量に購入すれば安くなるのは資本主義の大原則だ。
それなのに、残ったものを払い戻してくれるのに、その額が安いというのは理不尽ではないか。
今回のJRの定期券に比べれば遥かに良心的だ。
なんか、NOVAに対する国策での摘発のような気がしてならない。
それにしても、定期券の払い戻しを期待して、そのお金で駅前グルメを狙っていたのに、本当に悔しい。
2008年4月2日水曜日
プラシーボ
久しぶりに自分のデスクに戻ると、書類の山の中にNewsweekの今週号と、、、先週号があった。
こういうのは一寸(ちょっと)悲しい。
こういうときは、今週号にはとりあえず目を向けない。
目を向けた瞬間に先週号は古本になるからだ。
で、帰りの電車で先週の4月2日号を読む。
表紙の見出しは“肥満が犯罪になる日”
そりゃ、近いだろう。
電車やバスの料金は、大人料金や子供料金というふうに、生まれてからの経年で決められているが、畢竟(ひっきょう)なんらかの動力エネルギーで動く乗り物なのだから、体重で差をつけるのが理に適(かな)っている。
本号の中のON SCIENCEというコーナーに“かくもミステリアスな偽薬の世界”とある。
偽薬、すなわちプラシーボについて書いてある。
よくある話では、「この薬はよく効く薬だよ」と“うどん粉”を処方されて飲むとすごく効いたというあれである。
心理学ではプラシーボ効果という言葉もあって、私の生涯の研究テーマのひとつでもある。
近年は、産地偽装が流行したが、あれもプラシーボ効果の一種と思えば、そう腹も立たない。
毒を盛るのはいけないことだが、適当な牛肉を偽装してもたいがいこんなものだろう。
「これ松坂牛ですよ~」
「うひゃぁ、そりゃすごい」
「ねっ、美味しいでしょう?」
「うん、さすが松坂牛!」
これでいいではないか。
売り手も買い手もハッピーである。
そしてばれれば信用を失うのであるから、まぁやるほうもギャンブルみたいなものだし、やられたほうも博打でをスッたみたいなものだ。
スナックでテーブルについた女の子が、どんなにストライクゾーンから外れていても、ママさんから
「この娘(こ)は、この町一番の美人なのよ」
と言われれば、それはもう主観の問題であるから、諦めて自らプラシーボ中毒になるしかない。
そういう「効用」もあるのがプラシーボだ。
しかし好きな女の子に
「私は昔はもてたのだよ」
「私って真田広之に似てると思わないか」
「このレストラン、飲んで食べても一人3000円くらいで、一見居酒屋のように見えるけど、実は高級店でね」
などと、いくらプラシーボ投法を駆使しても通用したことがない。
プラシーボは、また処方が難しいのだ。
こういうのは一寸(ちょっと)悲しい。
こういうときは、今週号にはとりあえず目を向けない。
目を向けた瞬間に先週号は古本になるからだ。
で、帰りの電車で先週の4月2日号を読む。
表紙の見出しは“肥満が犯罪になる日”
そりゃ、近いだろう。
電車やバスの料金は、大人料金や子供料金というふうに、生まれてからの経年で決められているが、畢竟(ひっきょう)なんらかの動力エネルギーで動く乗り物なのだから、体重で差をつけるのが理に適(かな)っている。
本号の中のON SCIENCEというコーナーに“かくもミステリアスな偽薬の世界”とある。
偽薬、すなわちプラシーボについて書いてある。
よくある話では、「この薬はよく効く薬だよ」と“うどん粉”を処方されて飲むとすごく効いたというあれである。
心理学ではプラシーボ効果という言葉もあって、私の生涯の研究テーマのひとつでもある。
近年は、産地偽装が流行したが、あれもプラシーボ効果の一種と思えば、そう腹も立たない。
毒を盛るのはいけないことだが、適当な牛肉を偽装してもたいがいこんなものだろう。
「これ松坂牛ですよ~」
「うひゃぁ、そりゃすごい」
「ねっ、美味しいでしょう?」
「うん、さすが松坂牛!」
これでいいではないか。
売り手も買い手もハッピーである。
そしてばれれば信用を失うのであるから、まぁやるほうもギャンブルみたいなものだし、やられたほうも博打でをスッたみたいなものだ。
スナックでテーブルについた女の子が、どんなにストライクゾーンから外れていても、ママさんから
「この娘(こ)は、この町一番の美人なのよ」
と言われれば、それはもう主観の問題であるから、諦めて自らプラシーボ中毒になるしかない。
そういう「効用」もあるのがプラシーボだ。
しかし好きな女の子に
「私は昔はもてたのだよ」
「私って真田広之に似てると思わないか」
「このレストラン、飲んで食べても一人3000円くらいで、一見居酒屋のように見えるけど、実は高級店でね」
などと、いくらプラシーボ投法を駆使しても通用したことがない。
プラシーボは、また処方が難しいのだ。
2008年4月1日火曜日
水戸黄門
尾籠(びろう)な話で恐縮であるが、昨日飲んだバリウムがどうやらほぼ体外に排出されたようである。
私の体は普通の人よりも高度に進化して、腸が長く出来ているようなので、普通の人よりも異物の排出に時間がかかる。
もう20年くらい前だろうか、バリウムを飲んだ後、水分摂取を甘く見たために、恐怖の体験をするはめに陥ったことがある。
出ないのだ!
もう頭を掻(か)き毟(むし)るようにして、もがき苦しんだ。
やがて「日の出」を迎えた。
痛い!
一時退却を試みた。
痛い!
攻めるも地獄、守るも地獄である。
攻めるしかない。
攻めた。
やはり地獄であった。
出た。
直腸の型取りをすることになるとは思わなかった。
爾来(じらい)、神経質なくらい水を飲み、検査後にもらうピンクの小粒2粒は必ず摂取するようにしている。
固まらないバリウムを発明したら、随分と喝采を受けると思うぞ。
なぁ、助さん、格さん。
私の体は普通の人よりも高度に進化して、腸が長く出来ているようなので、普通の人よりも異物の排出に時間がかかる。
もう20年くらい前だろうか、バリウムを飲んだ後、水分摂取を甘く見たために、恐怖の体験をするはめに陥ったことがある。
出ないのだ!
もう頭を掻(か)き毟(むし)るようにして、もがき苦しんだ。
やがて「日の出」を迎えた。
痛い!
一時退却を試みた。
痛い!
攻めるも地獄、守るも地獄である。
攻めるしかない。
攻めた。
やはり地獄であった。
出た。
直腸の型取りをすることになるとは思わなかった。
爾来(じらい)、神経質なくらい水を飲み、検査後にもらうピンクの小粒2粒は必ず摂取するようにしている。
固まらないバリウムを発明したら、随分と喝采を受けると思うぞ。
なぁ、助さん、格さん。
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