2008年3月13日木曜日

ほんの

歩きタバコをする女性を見て驚愕したのは、ほんの20年くらい前のことだった。
しかし今はけっこう見かける。

ほんの30年くらい前、茶髪にする女性は「接客業」の女性くらいだった。

マニキュアも大して変わらぬもので、やはり芸能人などあくまでも「特殊」な人たちのするものであった。
だから料理番組に出てきたゲストがマニキュアを付けていると、視聴者を慮(おもんぱか)って司会者は
「ゲストの○○さんは、次の仕事でどうしてもマニキュアが必要で」
と言い訳をしていたものだ。
ほんの四半世紀くらい前の話である。

マニキュアが当たり前でなかったころ、藤本義一氏は
「女性は爪を染めるべきではない」
とテレビで発言していた。
氏によると
「爪の赤いのは赤鬼だけです。子供はそれを本能的に怖がる。だから昔話では赤鬼の爪を赤くして、子供が恐れる存在にしていた」
とのこと。

踵(かかと)を固定していないミュールなる履物が数年前に流行したときも少し驚いた。
パコパコと階段を下りている姿は痛々しくさえあった。
あれは「店内」で履く衣装だったはずである、ほんの10数年前までは。

「武士の日本語」野火迅著(草思社刊)を読んだ。
前書きには“たった150年の昔に、髷(まげ)を結って袴(はかま)をはき、腰に刀を帯びた武士たちが往来を闊歩していた”とある。
そんな武士たちが本音と建前を使い分けるために、あるいは武士の本分を守るために、またやせ我慢をするために、「武士言葉」を駆使していた。
それらを網羅した面白い本だった。
そんなかわいくも誇り高き愛すべき男たちがほんの150年前に存在した。

私も武士言葉を駆使したいものだ。
「大儀である」(ご苦労さん)
「これはしたり」(これは驚いた)
「恐悦至極」(とてもうれしい)

本書には出てこなかったが昭和53年のNHK大河ドラマ『黄金の日日』で、「懸想(けそう)する」(異性に思いをかけること)という言葉を聞いたことがある。
茶髪もマニキュアも今は「市民権」を獲得した。
しかし、やはり電車などで黒髪で爪も染めていない女性、そういう人(もちろん美人に限るのだが)を見ると憧憬にも似た感情とともに懸想してしまうのである。

とはいえ、武士言葉で私が常用できるのは「手元不如意(てもとふにょい)」くらいか。。。
(註)ちょっと持ち合わせが・・・

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