亭主の稼ぎが悪いので、細君は外で働いている。
高齢社会らしく、デイケアサービスで昼間に要介護老人を施設に受け入れて、風呂に入れたりレクリエーションをしたりするのである。
帰宅したら、細君が姫たちに叫んでいる。
「明日の朝ごはんはサンドイッチだからね。冷蔵庫に入れとくよ。分かった?」
「サンドイッチマン、サンドイッチマン♪」
思わず私は鶴田浩二の名曲『街のサンドイッチマン』を口ずさんだ。
「ちょっと!!仕事で70歳のじーさまのその歌聞いてきたんだから、家に帰ってきてまで聞きたくないわよ」
と、細君。
「よく言うものだ。サンドイッチがどうのこうの言って、思わず歌いたくなるのは当然ではないか」
と、心で愚痴る。
風呂に入った。
気分転換に春日八郎『赤いランプの終列車』を口ずさむ。
すると脱衣所から細君の声。
「音程、ずれたよ」
「何を言うか。これは私の十八番(おはこ)であるぞ」
「こっちは毎日毎日そんなナツメロばっか聞かされてんのよ。私が間違うわけないでしょ」
「こっちもこの曲は何十回と歌ってきたのだ。間違えているのはそっちと考えるのが自然であろう」
「何言ってんのよ。ピアノ弾いても、“最初はあの曲かなぁ”って思って聞いてても結局途中から何の曲か分からなくなるくらいの音感のくせに」
「私の専門はピアノではない。フォークギターである」
「よく言うよ。普通の人はFコードで挫折するのに、Gコードで挫折したのは誰よ。結局30年以上前のギターが、真新しいまま、パパの実家の押入れにあったじゃない」
「とにかく君が聞いた『赤いランプの終列車』が間違っていたということだ。老人が歌ったのだから許してあげなさい」
「言わせてもらいますけど、こっちはレコードを聞いてるんですけど」
「レコード?きっとヒカワ何某(なにがし)のカバー曲か何かであろう。あんな若造が春日八郎の心を理解できるわけがないであろう」
「ちゃんとした春日八郎のレコードですぅぅぅ」
「うっ!私が歌う歌こそ正調『赤いランプの終列車』なのだ。レコードなどの録音ではなく、微妙に音をずらした、そう!テレビで見たライブの感じを出しているのだ。これこそが生きた歌である」
やっと細君も真実に目覚めたようで、黙って洗濯機のスイッチを入れた。
グモン・グモン・グモンと洗濯機が動き始めた。
うるさいが、洗濯機なぞに負けるわけにはいかない。
黒木憲の『霧にむせぶ夜』を正調で熱唱した。
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