2008年4月13日日曜日

人の恋路を邪魔する者は

京都、染井吉野はもう過ぎたが、山桜、枝垂桜は見ごろとのこと。

京都というのは、不思議な街。

京都人の意地の悪さを表現するのに決まって語られる話。
京都で人の家を訪ねて、そろそろ帰ろうとすると
「まぁ夕飯でも食べていってください」
と、言われる。
「いえいえ、そろそろお暇(いとま)しないと」
「いや、そんなこと言わんと食べていっておくれやす」
「いやいや、もうほんまに帰ります」
「まぁ、そんな遠慮なんかしたらあきませんえぇ」
「いや、遠慮なんて、そんな。もう帰らなあきませんのや」
「いや、そんなことゆーても、もう夕飯の準備もしてるんですわ」
「えっ?そうですかぁ。ほんならご馳走になりましょか」
という会話のあと、京都人は慌てて夕飯の準備をして、客人が帰ったあとに
「常識のない人や」
と陰口を言う。

あとこれもよく語られる話。
京都に他所(よそ)から嫁いだ人が、朝起きて表の掃除をしようとすると、隣の奥さんが
「やぁ、おはようさんどす。ごゆっくりどすなぁ」
と言う。

これらは、よくある“都会のなんとか伝説”のように、まことしやかに語り継がれているが、真偽のほどは定かではない。

そんな住むには難渋しそうな京都であるが、旅行者には魅力的な街である。
私も小学校時代は毎年夏休みになると山科の親戚宅でひと夏過ごして、もともと常識のない私は、人の家のご飯が美味しい性質(たち)だったのでいつも太って帰ったものだ。
高校時代には朝起きて母に
「ちょっと京都行ってくるわ」
とフラリと出て行ってユースホステルを拠点に大原や嵯峨野を巡ったものだ。
尼寺ではないのだが、女性の駆け込み寺として有名な直指庵(じきしあん)がブームになったのはその頃で、嵯峨野も随分混んでいた気がする。

京都と言えば(主に)夏の“風物詩”の一つに鴨川河川敷のアベックがある。
鴨川の三条大橋から四条大橋までの川縁(かわべり)にアベックが座るのだが、それが見事に等間隔になっているというやつである。
一度テレビの企画が何かでやってもらいたいのだが、大勢のアベックを雇って、ドドーンとあそこに投入して、等間隔に座っているアベックの間をアベックで埋めてしまうのだ。
そうすると“本物のアベック”はどうなってしまうのだろう。
是非見てみたいものである。
アベックはどうなるかは別にして、私は馬に蹴られて死んでしまうことは間違いない。

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