2008年4月28日月曜日

ロハ

外出からオフィスに戻り、
「嗚呼、今日はゆっくり珈琲を飲む閑(ひま)も無かった」
と、理不尽な思いに囚(とら)われながら、一杯分の濾過式珈琲と珈琲を淹(い)れたら一緒に食べようと箱から取り出した明治チョコレート2ピースを持って、夕刻に給湯室に行った。
するとさすが神の子である私の心を見透かしたように、妙齢の美女Yさんがそこにいた。

下を向いて何やら一所懸命である。
「ごきげんよう」
いつものように声を掛けた。
ハッと猫が驚いたように、Yさんがこちらに顔を向けると、手元にテプラが見えた。
このあたりがYさんのYさんたる所以(ゆえん)である。
不思議美少女(年齢はおそらく30を超えているが)なのだ。
なんで給湯室でテプラなのか、そのあたりを追究するのも野暮というもの。
不思議に思いながら手元を見ると、どうもテプラに入っていた電池を交換していたようであるが(なんで給湯室で?と訊くのも野暮というもの)古い電池をどこに捨てたらよいか逡巡していたようだ。

丁度、美人のKさんが来たのでこれ幸いに訊いてみると、電池は“燃えないゴミ”のBOXでよいとのこと。
Yさんも納得して電池を捨てた。

「Yさんって、LOHAS(ロハス)な方ですな」
と、私。
LOHASとは、少し流行遅れかもしれないが、そう云ってみた。
「えっ?こういうのをロハスって云うんですかぁ」
薀蓄(うんちく)に火が点いた。
「そう、確かLifestyles Of Health And Sustainabilityの頭文字で、健康や環境問題に関心が高い人びとのことを云うのだよ」
「あ~、LOHASのHって健康のことなんですね~」

本当はこのあたりで気づくべきだった。
Yさんは実は私よりも遥かに聡明な女性なのである。
あとで思うとすでにこのあたりからYさんは冷静に私を観察していた。
それでも美人を前にした私は続けてしまう。
「そうHは健康、Sはサスティナビリティで、昔は環境報告書なんて云っていたものが、そのうちサスティナビリティ報告書に変わって、最近はCSR報告書なんてどんどん変わりますなぁ」

もう殆(ほとん)ど、みっともないくらいのしたり顔である。
考えてみればYさんは以前は旅行代理店に勤務していたのだ。
世の中でLOHASの概念が誕生するはるか前に、LOHASな生活は経験済みだった可能性があるし、下手すると実生活は高樹沙耶よりもLOHASかもしれない。
一通りYさんに喋った私だが、底を見透かされてしまったような敗北感に苛(さいな)まれながら、給湯室をあとにしたのだった。

夜8時50分頃にオフィスを出て、東興飯店に急いだ。
入店するときに入り口に書いてある営業時間を見ると“夜9時ラストオーダー”とある。
時計は8時59分だ。
入店して
「まだ、いいですか」
と訊くと
「はい、どうぞー」
と、いつもは無愛想なおばさんが笑顔を見せた。
このまま一人残されて、ハンサムな私はどこか海外にに売り飛ばされるのではないかと少し不安になったが、食欲が勝(まさ)った。

野菜炒め単品と、少し辛めの南国チャーハンをオーダーした。
カウンターにはニラレバ炒めとライスのにーちゃん(兄ではない)が一人と、テーブル席にはおっちゃん(叔父ではない)とにーちゃん(兄ではない)二人とねーちゃん(姉ではない)の4人のグループ。
4人のグループは、一通り食べ終わり紹興酒を飲んでいる。
おっちゃんは
「だいたい、おめぇよぉ」
とか
「だから俺はよぉ」
と、どうも私の苦手なタイプにようだ。
若手はいつも大変である。

レバニラのにーちゃんが早々に食べ終わり退店して、私もやや急ぎ気味に食べてまもなく終わる頃に、件(くだん)のおっちゃんは
「おあいそお願いしまーす」
と、先ほどまでの傲慢な人が、頭でも打って何かに変身したのかと思うほどトーンの違う声で、おばちゃんに終了を告げてレジに近づいた。
あれだけ“吠えて”いたのだから、どうせ領収証だろう、と思ったが意外にも
「領収証くださーい」
とは云わなかった。
「まぁ、おっさんのストレス発散代やな」
と思っていると、おっちゃん
「じゃ、一人1000円づつ徴収ね」

えっ!

一瞬間あとに、おっちゃん
「いいのいいの!タナカちゃんはいいんだよ」
どうやら、おねーちゃんことタナカちゃんの分は要らないと云っているようである。
「いえいえ、私も払いますよ~」
「いいんだよいいんだよ!ほんとにさぁ!」
「いえ1000円くらい、私にも払わせてくださいよぉ」

この瞬間に、おっちゃんは気づくべきだった。
タナカちゃんは、割り勘にしたいと云っているわけではないことに。
“おっさんなぁ、ここ中華料理店やで。やっすい店や。こんな店でどんだけ食うてどんだけ飲んでもしれてるやんけ。それであんだけ吹いて吠えて、男の子には1000円負担せぇってか?どないな了見やねん、あんた。普通は若いモンには、タダでええでと云うのがスジやろ。ええ加減にしぃやぁ”
こうタナカちゃんが心の中で(何故か関西弁で)訴えていることに気づかないおっちゃんであった。

むかし、無料のことを符丁(ふちょう)で“ロハ”と云うことがあった。
無料(ただ)から引っ掛けて“只(ただ)”を上下ばらして“ロハ”にしたのである。
LOHASとは全く関係ないが・・・。

只(ただ)よりも高いものはないと云うが、只(ロハ)より怖いものもないのである。

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