2008年5月18日日曜日

湯の町慕情

最寄り駅の近くでは、コンビニとスーパーがほぼ隣接している。
ふとコンビニを見ると、あまりにシステマチックな店構えに違和感を覚えてしまった。
同じお金を払うにしても、スーパーへは商品の対価だが、コンビニへはコンビニのビジネスモデルを維持するための利益供与のような不思議な気持ちが芽生えた。
コンビニ、、、見た目に美味しそうなサラダを買って帰って食べ始めると、容器がすり鉢(ばち)状になっていて表層的な豪華さに騙(だま)されていたことが分かる。
お惣菜などに、防腐剤、保存料不使用と謳(うた)いつつ、裏の表示を見ると夥(おびただ)しい種類の添加物が表示されている。
確かに“嘘”はついていないが、釈然としない。

スーパーは、生鮮品や見切り品は、値引きする。
損して得取る昔ながらの商売が生きているが、コンビニでもたまにやるがどうにも似合わない。
ましてや八百屋や魚屋でよくある
「はい、320円ね。いいよ、300円で」
という端数切り捨てなど、コンビニではありようもない。
田町駅近くのコンビニでは、店の前に置かれたテーブルで酒盛りしている若人たちまでいる。
屹度(きつと)酒の肴(さかな)までコンビニで調達しているのだろう。
居酒屋の命運やいかに、である。
そのうち若者の中には
「私は生まれてからコンビニでしか買い物をしたことがありません」
と云い切る輩(やから)が出てくるに違いない。

以前、あるテレビのインタビューで、米国人に“湯船に浸かるという意味で”
「お風呂に入ったことがありますか?」
と質問したら、大多数は
「時々ね」
という答だった。
これだけでも
「時々?!」
と驚くのに
「一度も入ったことがない。シャワーだけ」
と答えた人もいて驚愕(きょうがく)。
そんな人には、バイクで冬にツーリングしてやっと宿に着き温泉に浸(つか)かったときの愉悦(ゆえつ)を説明しても分かってもらえない。

だからか、たまに武蔵小山商店街に行くと、華やかなりし頃の温泉街の風情がある。

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