2008年5月29日木曜日

青葉繁れる

帰りの電車でのこと、珍しく普通の女性が私の傍(そば)に立った。
“珍しく”と書いたが、そういうことが珍しいからだ。
なぜか女性、特に若い女性、特に美人は、私を敬遠するようなポジションに立つことが多いように思えてならない。

井上ひさし氏の大傑作『青葉繁れる』(文春文庫)の冒頭にこんな件(くだり)がある。
主人公の稔が朝登校するときに、近くの女子高生に妄想を抱きながら、
~にやりと笑いかけた。女子高生は目にはっきりと敵意をあらわして稔を睨(にら)みつけながら通り過ぎて行ってしまった。無論どんなに冷(ひや)やかで厳しい拒絶が撥(は)ね返って来ても、未来妄想劇の相手役は後から後から陸続(りくぞく)とやってくるのだから、稔はいささかもこたえない。~
笑ってしまった。
こういう考えが許される?ことを知って、意味もなく安堵して、名文だ!と思った。

件(くだん)の美人は週刊ダイヤモンドを読み始めた。
朝、日経を読む女性は増えてきたが、帰りに週刊ダイヤモンドのような経済誌を読む女性はなぜか魅力的だ。
左手薬指には結婚指輪。
落ち着いているわけである。
ふと鼻腔をくすぐる官能的な香りが。
あっ!
某大手新聞社のやり手の美人記者、Tさんのコロンと同じではないか。
Tさんも結婚している。
帰りの電車では、経済誌など読むだろう。
よって、この女性もマスコミ人に違いない。
屹度(きつと)敏腕記者だ。
など、この程度の妄想は愉しい。

サザエさんに出てくる登場人物、そこまで遡(さかのぼ)らなくても、赤塚不二夫さんの『おそまつくん』や『天才バカボン』に出てくる人も、外見だけで職業が分かるように描かれていた。
例えば、魚屋さん、八百屋さん、植木屋さん、作家先生、警察官、どろぼうなど。
それも昔の漫画の、特徴のひとつだ。
最近は漫画の世界だけでなく、現実でも外見だけで職業や人柄を判断するのが困難になってきた。
そのスジの人がゴルフに来ているのかと思ったら、本物の坊主だったりする。

とはいえ、身に纏(まと)っているコロンも、案外、職種によって好みが収斂(しゅうれん)するのかもしれない。
まぁ、今日の“ダイヤモンド美人”がマスコミ人とは限らないのだが。
こんなことまで妄想してしまうから、美女が寄りつかなくなるのだ。

えっ?
違う?
視線がいやらしいから?

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